庭に出たコタローは大きく深呼吸を始める。
「! 〝気〟を取り込んでいる!?」
 美はコタローの周辺にエネルギーが集まって行くのを感じた。
「はぁ……はぁ……」
 コタローは呼吸が荒くなってきた。
 単なる獣化とは異なる様子だ。
 ツーと、目から赤い涙が下垂れ落ちる。
「コ、コタロー君! 目から……血が!」
 ナナミは血の涙を流すコタローに驚いた。
 コタローは苦しそうな声で説明する。
「この……血涙は……はぁ……セイガイの……封印……なんだ……はぁはぁ……僕らの『羽紋』
は……ガイア・ダイジェストが起きた時、セイガイに触れた日和が……伝えてしまった……僕ら
はこの抑止力を……超えてなければならない……」
 コタローの説明は、他の人が聞いてもよくわからなかった。
 今はそれどころではない。
 コタローの体がメキメキと大きくなっていく……全身に毛を纏い、狸のような姿をしたと思え
ば、そのままさらに巨大化していく……
「何……これ……」
「強力な妖魔……!?」
 ねえ以外の一同は変わり果てた姿のコタローを見て驚愕した。
 美は短剣を構えたが、すさまじいコタローのプレッシャーに手が震えていた。
「はぁ……はぁ……どうだい? これが霊獣の姿だよ」
「コタロー君……だよね……」
 ナナミはコタローを見て問い掛けた。
「コタロー……」
 めえもコタローを見て驚いていた。
 もうすっかりさっきまでの怒りはどこかに吹っ飛んでしまった。
「僕ら憑きモノの子らは皆、こういう霊獣の姿になることができる。いや、霊獣化する方法を覚
えなければならない。寿命を延ばすためにも、来たるべき『魔刻』に抗うためにも」
「……。コタロー君、もっとわかりやすく説明してくれないかな。何を言っているのかわからな
いよ……」
 ナナミがコタローに言った。
「嗚呼、ごめんごめん。しっかり説明する。でもその前に、百八家のみんなを……集めなければならない。みんなに伝えるんだ。『獣堕ち』することなく、自分の人生を謳歌できる方法を」
 コタローは何か大切なことを伝えようとしている。
 その場にいた一同はそう思った。
「大丈夫? コタロー君……」
「イテテテ……すまない、ナナミ」
 めえにフルボッコされたコタローは、ナナミに手当を受けていた。
「ふんっ!」
 めえの機嫌は一向に直らない。
「なあ、シロ。アイツ、誰?」
「こらこら、美君。知らない人に向かって、アイツとか言っちゃダメだよ。私も知らないけど…
…」
 コタローを知らないシロと美の二人は、三人の様子を窺っていた。
「ごめんよ、めえ。いなくなったのはいろいろ事情があってで……」
「そんなの知らなーい!」
 めえはコタローをチラ見してはすぐにプイっと別の方向を向いた。
「うぅ……」
 コタローはそんなめえの態度にショックを受けているようだった。
「まぁまぁ、めえ。そんなにコタロー君に当たらないで」
「ねえ姉? だって、一年半もずっと音信不通だったんだよ?」
 居間にやって来たねえにめえは不平を言う。
「これには深い事情があるのよ」
 ねえはめえに言った。
 めえはねえの言葉に珍しくハッと勘付いた。
「え、もしかして、ねえ姉……コタローがどこにいるか知ってたの?」
「うん……まあ……」
 めえのギロリとした刺すような視線に、さすがに姉であるねえも怖気付いた。
「うわーん! ひどいひどい! みんな知ってたんだ! めえだけ仲間外れ! うわーん!」
 めえは大声で叫び始めた。
「め、めえちゃん、あたしは知らなかったよ……」
 ナナミは本当の事を言ったのだが、めえの耳には届いていないようだった。
「はぁ……やっぱりこうなるかぁ……でもまあ、仕方ないね。めえと一緒にいるか、離れるかを
選んだのはコタロー君だから」
 ねえ姉はすべてを知っているかのような言葉を発した。
「イテテテ……。そうですね、めえが怒るのも無理は無い。これは僕が選んだ道だから……」
 コタローは何か決意を秘めた風に言った。
「めえ、ナナミ。『羽紋』を持つみんなに聞いてほしいことがある」
 手当が終わったコタローは真剣な眼差しで言った。
「……」
 コタローな真剣な目で見られて、めえは少しドキッとした。
「これからいなくなった理由を説明してくれるの?」
 ナナミがコタローに聞いた。
「うん。すべては僕ら憑きモノ一族の分家を総括する本家・〝白鵺〟家の書庫で偶然見付けた本
がきっかけだったんだ」
「本?」
 ナナミがコタローに聞いた。
「うん。『尾天書紀』っていう古い本なんだけど……実物を見てもらった方が早いね」
 コタローはそう言って、持って来たカバンの中から一冊の本を取り出した。
 そして、本のページをめくる。
「えっ?」
「!?」
 本のページをめくって驚いた表情をしたのは、めえとナナミだった。
「やっぱり、めえとナナミは視えるよね。この赤く浮き出た『鬼文字』が」
 コタローは二人のリアクションを確認して続けた。
「この本は1000年以上前に書かれたものなんだ。何故かもっと古い古語で書かれているんだけど
……印刷されている部分は、尾天にまつわる動物に変身することができる人々の話が書かれてい
る。一方、僕ら憑きモノにしか視えない鬼文字には、ガイア・ダイジェストが起きた当時の真実
が書かれていたんだ」
「えっ!? ガイア・ダイジェストって、歴史の教科書で習う……謎の生命大量消失現象のこと
?」
 意外なところに話が飛んで、ナナミは驚いた。
「うん。授業で習う分には、原因は未だによくわかっていないってことになっているけど、真実
を知る人は確かに存在したんだ。そして、ガイア・ダイジェストと僕ら憑きモノの出生は大きく
関係している」
 コタローは本題に入った。
「僕は本家でこの本を偶然手にしたんだけど、鬼文字の存在を知ってから、とても偶然とは思え
なくなったんだ。この本は全部で108冊ある。すべてを読むには、すべてを放棄して集中して読む
しかないと思ったんだ。この本は早く解読しなければならない。何故そう思ったからと言うと、
僕が読んだページには、僕らの寿命を延ばす方法が記されていたんだ」
「寿命を……伸ばす……?」
「もう知っていると思うけど、憑きモノの子はだいたい三十年で寿命が尽きると言われている。
それは間違っていないんだ。それは僕らの背中にある『羽紋』が、ある一定期間が過ぎると僕ら
のエネルギーを喰らうようになるから。それが約三十年なんだ」
「本当……なんだ……」
 ナナミは暗い顔をした。その計算でいくと、ナナミはあと十年も生きられない。
「でも、これを回避できる方法がある。それが『霊獣化』だ。『羽紋』が僕らの体を喰い尽くす
前に、逆に『羽紋』を僕らの体の一部にしてしまうんだ。まあ、見てて」
 コタローはそう言うと、居間から庭に出ていった。
 シロはあれから美にいろいろレクチャーしてもらい、自分の意志で狐⇔人の姿をとれるようになった。
 シロもすっかり狐塚家に慣れ、まったりとした新たな日常が始まろうとしていた――
 矢先に、姿を突然くらました来客が一年半ぶりにやって来た。
 ピンポーン。
 めえの家のインターホンを押す音がした。
「――――!? このニオイ!」
 めえはすぐに誰が来たのかを察知した。
 ダダダダと玄関に向かう。
「どうしたんだ、あいつ?」
「このニオイ……!」
 一緒に部屋にいた美は首を傾げ、ナナミはすぐに感付いた。
 玄関に向かっためえはすごい勢いで扉を開けた。
「コ~~~タ~~~ロ~~~ウ~~~」
 めえは玄関の扉を開けるや否や、思い切って飛び出した。
「うわあぁっ! め、めえ!」
 玄関の扉がイキナリ開いてコタローはビックリした……が、めえが飛び付いてきたので嬉しさが溢れ出した。
「め~~~え~~~」
 コタローは飛び付いてくるめえを両手で受けとめようと、両手を大きく広げた。
 久々の感動の再会……になるはずが――
「~~~の……バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ!」
 めえはコタローの胸に飛び込ぶ中でくるりと一回転してフェネックに完全獣化し、さらに高速回転してコタローを罵倒しながらもふもふの尻尾を固め、コタローの顔面を殴りまくった。
「あぶぶぶぶぶぶぶ」
 コタローはめえの超高速尻尾連撃を直に受け、眼鏡が吹っ飛び、鼻血を飛び散らかしながら仰向けに倒れた!
「ふんっ!」
 恋人でありながら長期間放置され、のうのうと帰って来たコタローにブチ切れためえは、器用に二足立ちして腕を組み、コタローを見下す。
「全くどこ行ってたのよ! ケータイ通じないし! 連絡来ないし! めえ、すっごく、すっっっごく寂しかったんだから!!!!」
「あ……あい……」
 めえにこっぴどく殴られたコタローは薄い意識の中で返事を返した。
「コタロー! 何をしていたか、ぜーんぶ、話してもらうからね!」
「ふぁ……ふぁい……」
 コタローはぴくぴく体を痙攣させる。
「あらら、遅かったか……」
 惨劇を目の当たりにしたナナミは、少し困った顔をした。
「……」
 美は初めて見る人物に激おこなめえを見て無言でいた。
「……」
 同じくシロも複雑な状況で、めえがひたすらコタローに怒りをぶつける様子を見ていた。

「すごい……すごいじゃないか! ははっ……ははは! わははははは!」
 店長が狂っていた。
 ものすごく嬉しそうに笑っている。
 それを見て、コノハとテンリはうわーっと思った。
「君達に出会えて、俺はすごく嬉しいよ。夢が広がる! はははははは!」
 店長は既に自分の世界に入っている。
 何がそんなにも嬉しいのか、コノハとテンリにはわからなかった。
「あ、あの……店長……一体どうしたんですか?」
「もしかして壊れたんかな……」
 コノハとテンリが入院して三週間。
 恥ずかしい検査も痛い検査もあったが、店長による新たな変身体質の徹底的な検査がようやく終わった。
 店長は三日前から自室に籠りっぱなしで出来ない。
 コノハとテンリが心配になって、何度か部屋に入ろうとしたが、今までは全く開かず、ようやく中に入れたと思ったら、店

長は狂ったように笑っていた。
「はははは! 一体何がどうしたって? 見てくれよ、これを!」
 そう言って店長が指し示した大型パソコンの画面には、複雑に文字が並んでいた。
「カリンちゃんの♂化に続き、テンリちゃんの被変身、コノハちゃんの拡大種変身……すべてそのメカニズムが解析できたん

だ! まさかこんなにも早く解析できるだなんて! 俺はすごい! そして、動物変身薬のバリエーションがかなり増える!


 コノハとテンリにパソコン画面の内容は理解できなかったが、自分達の検査の結果が店長にとって喜ばしいものだったこと

は何となくわかった。
「聞いてくれよ! カリンちゃんの今の変身体質を解析した結果、2つの新たな効果を持つ変身薬が作れそうなんだ! 一つは

融合。他人と体を融合させて一つになったり、部分的に融合させて……いわゆるケルベロスや鵺のような姿になれたりできそ

うなんだ! もう一つは性転換。今まで男は雄の生物、女は雌の生物にしか変身できなかったんだけど、その制限要因となる

遺伝子群が特定できたんだ! 後はこの制限要因を一時的に押さえる薬を開発することで、性転換が可能となるんだ! 女の

子の体がどうなっているのか気になって仕方ないぜー!」
「「……」」
 店長は完全に壊れていた。
「テンリちゃんの場合は、触れられると自分が変身してしまう体質。これはSMプレイにぴったりだ! 体を触られることで

その部分だけが獣化していく……CGを使う手間が省けるので、映画撮影にも使えそうだ」
 店長の甲高い笑い声は響く。
「コノハちゃんはあらゆる意味で素晴らしい。今まで僕らはどんなにがんばっても哺乳類以外の分類群には変身できなかった

。しかし、今のコノハちゃんは、鳥類、爬虫類、両生類にまで変身できることがわかった! これで産卵プレイや手足の無い

這いずり回るプレイができるようになる! 正直、地球上の哺乳類の変身は、ほとんど変身できるようになっているから新し

い刺激が欲しかったんだ。しかし、これで動物変身薬のバリエーションがかなり増えることになるだろう! ははははは!」
 やはり店長もカリンと同じくTFものが純粋に好きだったのだなと再認識させられた。
「そ、そうですか……それで、私達の変身体質を治す薬はできそうですか?」
 コノハは店長に不安そうな顔で聞いた。
「嗚呼、今まさにその開発を行っているよ。動物変身薬の販売はちゃんと元の人間の姿に戻ることが前提だからね。検査は終

わったけど、まだ日常の方には戻れない。確実に薬が開発されてからの方がいいからね。不自由だけど、もう少し我慢してほ

しい。近いうちに変身体質を打ち消す薬も出来上がるだろう」
 ようやくいつもの店長に戻った。
「わ、わかりました。それなら、薬が出来上がるまで待っています」
「ホンマに、店長のキャラがえらい変わっていたからビックリしたわ」
 コノハとテンリはそう言って、事態が進展していることに安心した。
「シロ、なかなか人の姿に戻らないね……」
「うん……」
「きゅぅぅん……」
 シロが狐の姿に変身してしまってから、早三日が過ぎた。
 シロは様々な点で人間と違う事に困惑していたが、何か困ったことがあると、タッチPCで文字を打って、狐塚家のみんな

に助けてもらっていた。
 特に大変なのがトイレと食事だった。
 体の大きさが違うのと、箸が持てないことで、いろいろ苦労した。
 めえとナナミは自分達の経験から、シロがその日のうちに人の姿に戻ると考えていたのだが、どうにもそうではないらしい


 やはり、めえやナナミと、シロの獣化するケースは違うのだろうか?
「やっぱりあれかな、何か変身するきっかけが必要とか」
「うーん、そうだね」
 漫画やアニメでよくある、変身条件というやつだ。
「あの時を思い出してみると……シロが狐になった時、何か普段と変わったことがあったかなぁ」
「あの時は……美ちゃんが妖魔、シロが鬼がいるって言っていたよね、私には何も視えなかったからわからなかったけど」
「ああ、確かにそうだね。それじゃあ、その視えない何かが変身のきっかけかな?」
「うーん……もう少しよく考えてみよう。あの時は確か、シロは私達と同じ鳴き声を出したよね」
「あ! そうそう、めえ、すごくビックリした!」
「ってことは、変身のきっかけは鳴き声じゃないかな? ほら、コノハちゃん達の獣化も制御することもできるし」
「なるほど! さすがナナミちゃん! それじゃあ、早速、めえ、鳴いてみる!」
「きゅん!」
 めえはゆっくりと息を吸い込み、シロに向かって鳴いた。

「クルルルルルルゥ――――」

 めえとナナミはドキドキしながら、シロの反応を待った。
 しかし、十分経っても何も変化がなかった。
「あれー? おかしいなぁ。違ったかな」
「うん、そうみたいだね」
「きゅうぅぅ」
 シロはこのままずっと狐の姿なのだろうか?
「お前らは全然わかってないな」
 そう言って部屋に入って来たのは美だった。
「なによぉ! だったらめえ二号は原因わかるの?」
「俺の名前はめえじゃない! メ・イ! それでも本当に妖魔なのか?」
「む! だからめえは妖魔じゃないっつーの!」
「まぁまぁ二人とも落ち着いて落ち着いて」
 めえと美のケンカが始まりそうだったので、ナナミは二人を制した。
「シロが狐になったのは、〝気〟を消費し過ぎたからだ。だから元の姿に戻った」
「え? 元の姿?」
「シロの気の出入りを見ると、シロは元々、人間じゃない。狐だ」
「シロ、そうなの?」
「きゅぅぅ……?」
 シロは動揺している風だった。
「シロにはまだ謎めいた部分が多いけれど、悪い存在ではないだろうと思う」
「そうなんだ……」
 めえとナナミも驚いている様子だった。
「それじゃあ、狐が本来の姿なら、このままの方がいいのかな?」
「どうなんだろう?」
 めえもナナミもこれまで、動物に化ける人々は散々見て来たが、人に化ける動物は初めて出会ったので、どうしたらいいの

かわからなかった。
「シロは人間になりたいの?」
 めえがシロに問い掛けると、シロもまた困惑しているようだった。
「まあ、シロが人になるのは何かしら意味があるんじゃないかな。シロが狐に戻ったのは〝気〟が抜けたからだ。三日経って

、抜けた〝気〟が戻りつつある。俺は〝気〟の吸収を早める方法を教えてあげられるけど……シロはどうする?」
 美がシロに聞くと、シロはこくんと首を縦に振った。
「わかった。それじゃあ、目を瞑って、ゆっくり呼吸して。火を少しずつ大きくするイメージをするんだ」
 美がそう言うと、シロは美の言う通りに従った。
 シロの体に変化が現れたのはすぐだった。
 シロの体が大きくなり、体毛が体に吸収されていく。
「シロが人の姿になっていく!」
 めえとナナミはシロの人化を大人しく見守った。
 その間、美はシロに〝気〟の吸収の仕方を的確にレクチャーした。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
 シロは人の姿に戻った。
 汗びっしょりで、呼吸が荒い。
「あ! 美はこれ以上見ちゃダメ!」
「そうそう、年頃の男の子にはまだ刺激が強過ぎるから」
「お、おい、何だ? どうした?」
 めえとナナミの判断で、美は強制的に部屋の中ら追い出されるのだった。
 テンリが入院してから数日後、テンリからのメールがコノハに来た。
 どうやらテンリは無事、人の姿に戻れたようだ。
 いろいろ検査することがあるからもう少し研究所で入院するとのことだが、カリンよりは早く戻って来れるみたいだった。
「良かったわ~、ホッとした。まさかテンリの変身体質が真逆になるなんて」
 コノハはテンリがイキナリ兎になった時のことを思い出しながら呟いた。
 そう考えると、自分の変身体質にも変化が生じている可能性は十分にある。
 しかし、それがどういう状態になっているのかは完全に未知であった。
「あ、もう抗癌獣化剤が無い。後で店長のところにもらいに行こう」
 コノハは大学帰りに店長のところに向かう事を決めた。

 大学の講義が終わり、コノハはビーストトランスに向かっていた。
 すると、道端にピーピー鳴いているツバメがいた。
 どうも近くの巣から落ちたらしい。
 コノハはそっと手に取り、どこから落ちたのか近くを探した。
 すると、すぐ近くの家にツバメの巣があるのがわかった。
「う~ん……私じゃ届かないなぁ」
 コノハはどうしようと迷い、その家のインターホンを押して、家の人に相談してみようと思った。
「あれ……」
 しかしその時、体中が急激に熱くなってきた。
「え? な、何で? 動物なんか触っていないのに……?」
 コノハは哺乳類には触れていないのに体がムズムズ疼き始めた。
 この感覚は知っている、変身熱だ。
「もしかして……このツバメ?」
 店長は言っていた。ビーストトランスの技術をもってしても、獣化できるのは哺乳類に限られていると。
 しかし、最近発覚したカリンやテンリのケースを考えれば、自分の変身体質が変わってしまった可能性はある。
「! 嘘……羽が……生えてる……」
 コノハの腕に生えてきたのは間違いなくツバメの羽だった。
「うぅ……ごめん、変身しちゃいそう」
 コノハは手に持っていたツバメを地面に降ろした。
「はぁはぁはぁ」
 抗癌獣化剤が無い今、コノハは自分の変身を止める事はできない。
「あぁ……どこか……人気のないところに……」
 幸運にも近くには草むらがあった。
 コノハは草むらに入り、服を脱ぎ始めた。
 今日は服の替えは持っていない。変身で服を破るのはごめんだった。
「うぅあぁぁ……お尻から……」
 尻尾のようなものが伸びてくる。
 体中のあちこちから羽が生え、妖怪じみた姿になっている。
「うがぁっ、あ、足が……」
 足が急激に細くなる。
 指の向きがゴキバキと音を立てて大きく変わる。
 コノハは涙目になった。
 全身が羽毛で覆われてくると、指が消失し、完全な羽に変わった。
 ハーピーのような姿になっていた。
「んあぁっ……」
 コノハの口が前方に伸び始める。
 そして、伸び始めた口は硬化し、歯と一体化してクチバシへと変わった。
「はぁはぁはぁ……」
 体が縮んで行く感じがする。
 周りの草が大きくなる……
「ピーピー」
 コノハはツバメに変身してしまった。
 哺乳類以外への変身は初めだ。
 まずは体のどこがどう動くのかを確かめなければならない。
 鳥の体は初めてなので、いろいろ勝手がわからない。
 そもそも鳥は一体どうやって空を飛んでいるのだろうか?
 コノハは羽を羽ばたかせてみた。
 しかし、空を飛べそうな感じはしなかった。
 これは鳥の姿になったとして、かなり致命的なのではないだろうか?
 何かに襲われた時、逃げる手段がない。
「ピィー……(どうしよう……)」
 コノハは体を動かしまくったが、空を飛ぶ方法は全くわからなかった。
 そう言えば、あの巣から落ちたツバメはどうなったのだろう?
 コノハは気になって草むらから這い出てみた。
 すると、ツバメは家の人に拾ってもらったようで、巣に戻っていた。
 ツバメは元の巣に戻ったから良しとして、問題はツバメの姿になってしまった自分だった。
「……」
 ずっとこのまま草むらの中にいる訳にもいかない。
 通常なら少しすれば人の姿に戻れるはずではあるが、この小さな体ではいろいろ不安が付きまとう。
 ビーストトランスまで行くことができればいいのだが、この姿ではかなり道のりが遠い。
 コノハがどうしたらいいのかと悩んでいたら、突然、草むらがガサゴソ鳴り始めた。
 コノハはぎょっとした。
 強張るコノハの前に現れたのは……大きなトカゲだった。
 見たことの無い大きなトカゲ。リボンをしていたのでどこかのペットが逃げだしたようだった
 しかし、この大きさのトカゲなら、自分を一呑みにできるのではないかとコノハはビビりまくった。
 案の定、トカゲは大きな口を開け始めた。
「ピ、ピイィィ~!」
 コノハは涙目になったが、トカゲはただ欠伸をしただけだったようだ。
 コノハはとりあえずこの場から逃げようと考えた……その時、トカゲは反転し、円を描いた尻尾がコノハの体を直撃した。
「ピイイィィ~!!!」
 かなりビックリした。吹き飛ばされるかと思ったが、どこも怪我はないようだった。
 しかし、再び体が熱くなってくる。
 もしかして、今の衝撃で、今度はあのトカゲに変身しようとしているのではないか……?
 予感は的中だった。
 体を覆う羽の中に鱗が混じり始めた。
 体が巨大化するのと同時に、ツバメからトカゲの姿に変わって行く。
「ハッハッハッ」
 ツバメとトカゲでは体の形が著しく異なる。
 コノハかなり苦しい思いをした。
 体から出る汁という汁が全部出し尽くした時、コノハはトカゲの姿に変わっていた。
「ギュッ……(トカゲや……)」
 まさか自分がトカゲに変身してしまうとは夢にも思わなかった。
 しかし、ツバメの姿よりはだいぶ動きやすいし、危険も少ない。
 コノハはなるべく人気のない道を通って、ビーストトランスへ向かった。

「ハッハッ……」
 人間の足よりも数十倍時間がかかって、ようやくビーストトランスに着いた。
 あたりはもうすっかり暗くなっている。
 しかし、24時間営業であるビーストトランスはこういう時にはありがたい。
 果たして、店長はまだいるだろうか?
 哺乳類ならまだしも、トカゲの姿のままで店の中に入れるだろうかと思案していたら、再び体が熱くなり始めた。
 ここにきてようやく元の姿に戻れるようだった。
「はぁ……はぁ……」
 体の熱にうなされ、トカゲから人の姿に戻って行く……
「あー……あー……良かった……しゃべれるで……」
 人の言葉が話せるのは大きな利点だった。
「ん?」
 しかし、完全には人の姿には戻ることはできなかった。
 トカゲの尻尾や鱗がまだ体のところどころに残っている。
 鏡で見なければわからないが、恐らく、顔も人とトカゲの間の顔になっているような気がする。
 トカゲ人間。まさにそんな感じだろう。
「う~……とにかく、こういう時のために、裏口から入ろう」
 コノハは何かあった時のために店長の部屋へと繋がっている裏口から入ることにした。
 コノハは秘密の通路を通り、コンコンと店長の部屋をノックする。
「はーい」
 店長の声が聞こえた。
 コノハはホッとして涙が溢れそうだった。
「そこを叩くってことは何か緊急事態が起きたのかな? 君は誰だい?」
 店長はコノハに再確認した。
「コノハです。今、いろいろ大変なことになっちゃってて……」
「コノハちゃん? わかった。今、扉を開けるよ」
 店長はそう言って、部屋の扉を開けた。
「うおぉっ! ど、どうしたの? その姿……」
 獣化を散々見慣れたはずであるあの店長も驚く姿とは……コノハは自分の姿を見たくなかった。
「店長……私、どうも鳥やトカゲにも変身できるようになちゃったみたいなんです」
「ほ、本当!?」
 店長の目に好奇心の輝きがあった。
「とりあえず、何か着る物を……それから話をじっくり聞くよ」
「ありがとうございます……」
 かくして、コノハもテンリと同じくビーストトランスの研究所に入院することとなった。


「〝ケッモケモケモ!〟 店長いますか?」
「あ、うん。いるけど、どうしたの?」
「ちょっと大変なことがあって……お邪魔しますっ」
「お邪魔します~」
「お邪魔しまーす(小声)」
 コノハ達は早速ビーストトランスに足を運び、受け付けの女性に例の合言葉を言って、店長の部屋に向かった。
「あ、いた! 店長!」
「おー、コノハちゃんか、久々」
 コノハが久々に見た店長は相変わらずの雰囲気だった。
「うちもおるでー」
「カリンちゃんも? 何か問題でも起きた?」
 店長がカリンを見て聞いた。
「カリンは問題無いんですけど、テンリの方が問題あって……」
 コノハはそう言って、ウサギの姿になったテンリをカバンの中から出した。
「たはは、ウサギになっちゃいまして」
 テンリはやや照れ気味に店長に向かって言った。
「えっ? これはまたどうして?」
 店長は少し驚いた様子だった。
「実は……」
 コノハはさっき起きた出来事を店長に話した。

「へぇ……それは興味深いな」
「このままウサギのままじゃいろいろ困るので、テンリを連れて来たって訳です。カリンの体も時間はかかったけど戻ったし、テンリも戻せるんじゃないかと思って」
「うーん。そうだね、時間をかければ戻せるとは思うけど、まずはどうしてそうなったのか、原因を突き止め

る必要があるね」
「本当ですか? 良かった……良かったね、テンリ」
「うん」
「うちはテンリはこのままでもええんやけど」
「コラ、カリン」
 カリンは余計なことを言って、コノハに怒られた。
「カリンちゃんの事情は本人に話したんだけど、カリンちゃんから聞いた?」
「えーっと、私達の変身体質に変化が起きた……とか?」
「そうそう。話を聞いているなら早い。コノハちゃんの体が癌化した時、太歳を通じて、君達のお互いが持っ

ている第三遺伝子の遺伝子の交換が行われた可能性があるんだよ。これが何を意味するのかというと、君達の変身体質に変化が起き、今までと違う変身を行う可能性があるんだ」
 店長は話を続ける。
「カリンちゃんの場合は、オスの動物との融合だった。前にも言ったけど、同性の獣化よりも性転換の方が難しいのが昨今の事情なんだ。だけど、今のカリンちゃんは性転換出来る可能性を示唆する体質を持っているんだ。これは動物変身薬の発展にも大きく繋がることなので、いろいろ体を調べさせてもらったよ。そのうち、女性のオス動物への変身や、男性のメス動物への変身が可能になる新しい動物変身薬が出来上がるだろう」
 店長は嬉しそうだった。
「まあ、それは置いておいて、テンリちゃんの話も興味深いね。今までは他人を獣化させる体質だったのに、今度は自分が獣化させられる体質になった可能性がある訳だ。強制的に触られると獣化させられるとか、プレイとしてはなかなかニーズがありそうだよ……おっと、それはこっちの話として、是非、彼女の体を調べさせて欲しい。原因が突き止められれば、コノハちゃんみたいに獣化を抑制する薬を開発することができると思うんだけど、テンリちゃんはどうかな?」
 店長はテンリに聞いた。
「この体質が治るのなら……喜んで協力します。今は一人暮らしだし。講義もまあ、単位はなんとかなると思うので」
「それじゃあ、今度はテンリちゃんを少しの間、預かることにするよ」
 店長はコノハとカリンに向かってそう言った。
「また一ヶ月とかですか?」
 コノハは店長に聞いた。
「うーん、調べてみないとその辺はわからないなぁ」
「カリンの時は全く連絡が着かなかったんで、できればテンリと連絡を取れるようにしてほしいんですけど……いろいろ心配なので」
「? カリンちゃんと連絡が取れなかった?」
「外部との連絡は禁止されてるって」
「いや、僕はそんなことは言っていないよ。まあ、カリンちゃんは、うちの獣化実験のビデオ見るのに必死で、それは外部には漏らしてはいけないとは言ったけど」
 コノハはカリンの方を見た。
「てへぺろ」
「カリン!!!!」
 コノハはカリンを叱った。
「それじゃあ、いつでも連絡を取ることはできるんですね!」
「うん、問題無いよ」
 これなら安心してテンリを見てもらえる。
「それじゃあ、早速だけど、研究所の方に移ろうか」
「テンリ、早く治るとええな」
「せやな」
 テンリはすぐ研究所の方に移されるとのことで、コノハとカリンは、店長にテンリを任せて、ビーストトラ

ンスを後にした。




「なるほどね……」
 めえの話を聞いたねえは思案しながら言った。
 ただの狐になったシロは布団で寝かせながら様子を見ている。
 シロは呼吸も落ち着き、普通に眠っているようだった。
「ねえ姉、シロは一体何者なんだろう?」
「……詳しくは本人に聞く以外にわからないけれど、本人が記憶喪失じゃね……少なくとも、尾天以外から来

た人っていうのが有力かな。めえみたいに動物に変身できる人は尾天だけに限らず、世界中に散らばっている

みたいだから」
「え? そうなの?」
「うん。少なくとも尾天で狐に変身できる一族はうちの狐塚だけだから」
「そうなんだ……」
「……」
 美は二人の話を無言で聞いていた。
「くん……」
「あっ! シロ!」
 シロが目を覚ました。
 めえとねえ、美がシロの様子を窺う。
 シロは目を覚ますと、ぼんやりしたような顔で辺りを見回した。
 シロは首を傾げ、自分の体を見る。
「キュ!?」
 シロは自分の体が人じゃなくなっていることに驚いている様子だった。
「シロ! シロ! 大丈夫だよ! めえのことわかる? 覚えてる?」
 めえはすぐに困惑しているシロの方に駆け寄った。
「キュン! キュン!」
 シロはめえを見てこくんと頷いた。
「良かったぁ~、記憶がなくなっていたらどうしようかと思った」
 めえはそう言って、微笑んだ。
「シロ、見てて」
 めえはそう言うと大きく深呼吸を始めた。
「ん……」
 シロはめえを見て瞳を大きく見開いた。
 めえがみるみる間に動物の姿になっていくのを目の当たりにして、ビックリしているようだった。
「じゃじゃ~ん! ね? めえも狐になったでしょ!」
 フェネックに変身しためえは、そう言って、シロのマズルに自分のマズルをタッチして挨拶した。
「尾天はね、めえの他にもたくさん動物に変身できる人達がいるの。例えば、ナナミちゃんは鹿に変身できるんだよ!」
 めえはシッポを振って、シロに自分達のことを話した。
「きゅぅぅ……」
 シロは概ね、めえの内容を理解し、落ち着いた様子だった。
 しかし、シロはめえの話の内容がわかっても、口から出る鳴き声は狐のままだった。
 文字を書こうにも短い前足の指では文字が書けない。
「あ! そうだ! ねえ姉、あれ持ってきて!」
 めえはそう言って、ねえに頼んだ。
「はい、持って来たわよ」
 ねえ姉はめえに頼まれたものを察して、それを床に置いた。
「にひひ。今ね、すごく便利なものがあるんだよ~」
 めえがそう言ってシロに見せたのは、タッチPCだった。
「ほらほら、このタッチPCの文字入力画面だと、肉球でも文字が打てるんだ♪ これでシロが狐の鳴き声しか出せなくても、会話をすることが出来るよ! シロも触ってみて」
 めえはシロにタッチPCを勧めた。
 シロは恐る恐るタッチPCを肉球でタッチする。
「!」
 しかし、実際に文字が打てるのを体感すると、すぐに慣れたようだった。
『起きたら狐になってビックリしました』
「そうだよね~めえも初めて狐に変身した時はビックリしたよぉ~! シロはいろいろ記憶がないから、何で

狐になっちゃうか覚えていないと思うけど、たぶん、また人の姿にも戻れると思うから、しばらく様子を見ま

しょ、ね?」
 めえの前向きな言葉に、シロはふっと頬を緩ませて頷いた。

「はぁ……はぁ……熱い……」
「テンリが獣化してる……」
 コノハは突然始まったテンリの獣化に戸惑った。
「これはこれでええなぁ」
「こら、カリン! ケータイで写真撮るなや!」
「はーい……」
 カリンはコノハに怒られてシュンとした。
 テンリの獣化はどんどん進む。今はもう全身に産毛が生えている状態だった。
 耳が頭上へと移動しかけ、耳が細長く伸びていく。
 直感的に、テンリはウサギになるのだろうとコノハは感じた。
 しかし、一体何が原因で?
 テンリはウサギなんて触っていない。
「もしかしたら、これはテンリの変身体質が変わった影響なんかも」
「え?」
 カリンがテンリを見ていて言った。
「はぁはぁ……こういう感じ、すごい久々やわ……」
 カリンが入院してからはコノハもテンリも『アニマル喫茶』でバイトもしていない。
 テンリの前歯が伸びる。
 鼻先が少し突き出て、マズルぽくなっていた。
「テンリは元々、『触れた相手を獣化させる体質』やったやろ、それが今は『他人に触られると獣化してしま

う体質』になってしまったとか」
「そ、そんな……」
 カリンの変身体質が変化したのはわかった。
 そして、コノハやテンリも変身体質が変化している可能性があるのは理解した。
 しかし、カリンの推測が当たっていれば、テンリの場合は真逆の変身体質になったことになる。
「そういえば、あたし、さっき人とぶつかったわ……はぁはぁ」
「!」
 確かに、テンリはさっき他人とぶつかった。
 あの時に触られたのだとしたら、この可能性は十分に考えられる。
 しかし、他人に触られると獣化する体質なんて、誰とも触れ合えないではないか。
 これならまだ、他人を獣化させる体質の方がマシだったような気がする。
「あぁぁぁああっ! 耳がすごあああああ!」
 テンリはあまり獣化に慣れていない。
 誰も来ないことを祈りながら、コノハはテンリの獣化が落ち付くまで見守る。
 カリンは何度もケータイの写真を撮ろうとするが、コノハはその度に注意した。
 全く油断も隙もない。
「私は……どうなんだろう」
 カリンとテンリの変身体質が変化したならば、自分の変身体質も変化しているはずである。
 抗癌獣化剤を打つことで、その衝動を抑えているが、もし、その衝動を抑えなかったら……?
 カリンとテンリの体質の変化は全く異なるタイプだった。
 コノハの体質変化も予測できるものではない。
「んあぁっ……ひゅぅ……」
 テンリの体が小さくなっていく……
 それにしても一年間は兆候がなかったのに突然体質が戻ったのだろうか?
 謎は尽きない。
「はぁはぁ……熱い……」
 ウサギの姿になったテンリがごそごそと脱げ落ちた自分の服の中から這い出て来た。
「きゃぁ! きゃわわ!」
 カリンがすぐにテンリを掴もうとする。
「うわっ! カリンでか!」
 ウサギになったテンリが言った。
「あれ?」
 何かがおかしい。
「テンリ、ウサギの姿になったのにしゃべれるの?」
 コノハは聞いた。
「あー。うん、しゃべれるみたい……」
 これなら動物になっても多少問題無さそうではあるが……
「しゃべるウサギ……イイ……」
「こら、カリン! 首根っこ掴むな! 降ろしてや!」
 カリンに宙釣りにされたテンリはジタバタと可愛らしい動きをする。
 確かにこれは可愛らしい。
「問題はどうやって戻るのか……」
 犬や猫ならまだしも、街中でウサギは目立ってしまう。
「これは……やっぱり店長に見てもらった方がええよなぁ」
「店長なら今日はビーストトランス(店)におると思うで。うちはそこから来たし」
「そっか。それじゃあ、行こうか。テンリは私のカバンの中に入れるとして……カリンはテンリの服を持って

きて」
「テンリを運ぶんやったら、うちが運びたいけど」
「カリンはテンリを動物みたいに扱うからあかん! さあ、テンリの服を早くまとめてや」
「はーい……」
 カリンはややテンションが落ちたが、しぶしぶテンリの服をまとめて自分のカバンに入れた。
「よし、それじゃあ、店長のところに行こうや」
 二人と一匹はビーストトランスに向かった。





「え……な、何だ、その能力は……」
 めえとシロに〝気〟の使い方を教えていた美は驚いて目を見開いた。
「すごい……」
 めえも目が釘付けになっている。
「えっ、な、何? これ……」
 シロの指先から赤い軌跡が放たれている。
 そして、その軌跡は空中に浮かび、消失する気配は無い。
「深呼吸したら、何だか指を動かしたくなって、そしたら……」
 突然発揮したシロの能力に、美は驚いた。
「〝気〟は人によって使い方が異なる。才能を突然発揮する人もいる。しかし、空中に何かを描く能力は今ま

でオレは聞いたことが無い」
「シロ、すごーい! もっと手を動かしてよ!」
「わ、わかった」
 めえが期待した目で見るので、シロは手を大きく動かした。
 すると、シロの指先から放たれた赤い軌跡はどんどん空中に描かれていく。
「あ、当たったら消えちゃった」
 シロの赤い軌跡はもう一度手を当てると消えるみたいだった。
「なるほど。手を動かした後に軌跡が残り、もう一度触ると消えるみたいなだな」
 美がシロの能力を分析する。
「この軌跡、何か危険性はないのか」
 美は空中に描かれた赤い軌跡に触れてみた。
 しかし、空中に描かれた軌跡は美が触っても消えることはなく、美の体に異常もなかった。
「ふむ……とりあえず、触れても危険はなさそうだな」
「あ、あの……これ、どうやったら止まるんですか?」
 戸惑った様子のシロが美に聞いた。
「〝気〟を取り込むのをやめたらいい。もう一度深呼吸をして」
 シロは美の言う通りにした。
 すると、シロの赤い軌跡は止まった。
 手を振っても何も描かれない。
 しかし、シロの赤い軌跡は空中に残ったままだった。
「すごいな。これはもしかして、もう一度能力者が触るまで半永久的にこの場に残るのかもしれない」
「えぇっ! それじゃあ、消しておいた方がいいですよね」
 美の言葉を聞いて慌てたシロはもう一度深呼吸して〝気〟を取り込んだ。
「あ、なんとなく使い方がわかったかも」
 再び指先から赤い軌跡が描かれる。
 その状態にしたままで、シロは先ほど空中に描いた赤い軌跡に触れた。
 そして、次々と赤い軌跡を消していく。
「これで全部消えたかな」
 シロはすべての軌跡を消した後、再び深呼吸して、〝気〟を取り込むのを止めた。
「いいないいな、めえも何か魔法みたいなの使いたい使いたいー!!!」
「お前はもう獣に変化できる時点で魔法みたいなもん使えるだろ」
「ちがーう! これは元からの体質なの! それとは別に新しい能力をめえも身に付けたいいいいい!」
「……」
 めえが暴れ始めた。
 このパターンはある意味予測できた範囲ではあるが……
「めえもやってみるー!」
 めえは思いっきり深呼吸してから、わくわくして、唱えた。
「闇の者よ……出でよ!!!」
 最近見たアニメの影響だった。
「!!?」
 美の目からしてめえは〝気〟を全く取り込めていない。
 しかし、めえの突き出した手の先に、何かしらの気配があった。
「うぅ……何も起こらない」
 めえは自分の才能に落胆した。
「あれは……妖魔!?」
 めえの前方に、透明な一本の角を生やした猫のような獣が出現した。
 ゆっくりとこちらに近付いて来ている。
 めえはその存在に気付いていない……いや、視えていないらしい。
 美は直感的にその存在が危険なものであることを察知した。
「めえ、今すぐ後ろに下がれ!」
「え? 何で?」
 やはりめえは視えていない。
 あの妖魔は強い影響力を与えるモノだ。
 触れてはいけない。
「妖魔が出た! 早く後ろに下がれ!」
「むっ! だから、めえは妖魔じゃないって!」
「めえのことじゃない! 本物の方だ!」
 美は緊張した。
 これだけの異彩を放っている妖魔と出会うのは初めてだ。
 めえは全く言う事を聞かない。
 この場であの妖魔を退けられる者は自分しかいない。
「はぁぁ……」
 美は集中して〝気〟を取り込み始めた。
「鬼……」
 めえに近付く妖魔を視て、シロがボソッと呟いた。
「危ない! それは鬼。めえちゃん、逃げて!」
「ふにゅ? シロまで? 何か本当にいるの?」
 めえはシロに大きな声を掛けられてビックリした。
「! シロは視えているのか? 鬼? あの妖魔の事を知っているのか?」
「それに触っちゃいけない! 今すぐそこを離れて!」
「え? どっち? どっち?」
 めえは視えない何かに怯え始めた。
「後ろだ! さっきからオレが言っているだろ! 後ろに飛べ!」
「あぁ、ダメ。間に合わない。クルル――」
 シロは透き通るような鳴き声を発した。

「クルルルルルルゥ――――」

「!? めえと同じ鳴き声!?」
「言霊!?」
 シロの行動にめえと美は驚いた。
 しかし、驚いたことはシロの行動だけではない。
 シロの鳴き声を聞くと、煩うかのように、シロが鬼と呼ぶ妖魔が行くべき方向を変えたのだ。
「よし、今ならヤれる!」
 妖魔の標的がめえから逸れた今、美は全力で妖魔に攻撃をかけた。
「〝燃えろおおおおおおおおお!!!〟」
 美が腰から火い抜いた短剣の先端から、チリッと火が灯り、すぐに大きな火炎放射と化して、妖魔を焼きつくした。
「!? 効いてない?」
「美君。ダメ、それにはどんな攻撃も通じない。倒すことはできないの」
「シロ……」
「あぁっ! はぁっ、はぁっ、はぁはぁはぁ」
 シロの呼吸が唐突におかしくなった。
「え? 何? どうしたの? シロ?」
 めえがシロの様子の激変に戸惑った。
 シロはびくびくと体を震わせ痙攣している。
 美もシロに何が起きたのかわからず少し動揺した。
「あぁっ……はぁいぎぃぃ」
「シロが……変身していってる……」
 しかし、この変身はめえの知っている憑き物筋の変身の仕方と大きく異なる。
 ナナミも変身は上手くないが、それでもある程度変身をコントロールできている。
 しかし、シロのこの変身は全くコントロールができていない。
 無理矢理変身させられているかのようだ。
「シロも妖魔だったのか……?」
 美はシロの激変を様子見ている。
 シロは全身から毛が生え、体が小さくなり、みるみる間に狐の姿に変わっていった。
 その姿もまためえとは異なり、この山に住む普通の狐のようだった。
「きゃうぅぅ……ハッハッハッ……」
 シロは狐の姿に変身した後、その場に倒れた。
 息が荒い。
「シロ……急いでねえ姉に相談しなきゃ」
 めえは狐になったシロを抱えて、急いで自宅の方に走り出した。
「……」
 美はいろいろ推測をしながら、無言でめえの後に付いて行った。

「んふふ♪ んふふ♪」
 退院したカリンは意気揚々と部室の扉を開けた。
「!? カ、カリン!?」
 部室でいつものようにまったりと過ごしていたところ、いきなり扉が開け放たれ、中にいたテンリとコノハ

は驚いた。
「あ、いた! わーん! コノハぁー!」
 カリンは早速コノハを見付けて抱き付こうとする。
 しかし、コノハは危険を察知してすぐにカリンの抱擁を回避した。
「ぎゃあぁぁ!」
 カリンはコノハを抱き損ね、部室の壁に顔面を衝突させた。
「いきなりいなくなったと思ったら、いきなり戻って来て……相変わらず騒がしい……」
 テンリはカリンに刺々しい言葉を放った。
 しかし、それはテンリなりに、変わらないカリンを見て言った言葉だった。
 カリンに連絡が取れなくなってから、かれこれ一ヶ月が過ぎていた。
「イテテ……いや~、いろいろあってなぁ、外部と連絡禁止やってん」
 カリンは鼻を抑えて言った。
「でもほら……」
 カリンはそう言って、パンツを下げた。
「犬はもう体出て行ったから♪」
「ちょっ、カリン!?」
 カリンの下半身は女の子のそれだった。
 犬は救出されたのか、吸収されたのか、コノハ達にはわからない。
 しかし、雄犬と融合したカリンは元に戻ったようだった。
「そ、そっか……わかったからパンツ穿き……」
 カリンがすっかり露出癖になってきているような気がする。
 幸いにも、部室にはコノハとテンリ以外は誰もいなかった。
「一体、一ヶ月も何されてたん? 何度か抗癌獣化剤もらいに行ったけど、店長もずっと不在だったし」
 コノハがカリンに聞く。
「んー……いろいろ話したいけど、他言厳禁やからなぁ」
 カリンはどうしようか迷っている感じだった。
「えー、あたしらにも言えへんの?」
「うーん……企業秘密をいろいろ知ってしまったというか」
「企業秘密……」
 カリンは何を知ったのだろうか?
「どもー……あ、星谷先輩、お久しぶりですー、今まで何していたんですか?」
 三人で話しているところに、龍王寺がやって来た。
 これはマズイ……。
「あ、龍王寺……」
 獣化クラスタのカリンと否定派の龍王寺は相性が悪い。
「最近見なかったですけど、今まで何していたんですか? 仮にもここの部長ですよね?」
 龍王寺がカリンを責めるように言う。
「にゅ、入院してたんや」
「何の病気ですか? 何で前もって部員に言っておかないんですか?」
「くっ……」
 明らかにカリンの劣勢。
 気まずい雰囲気が流れる。
「お、カリンちゃん、久々~!」
「あ、ホントだ」
「おー、いつ以来だ?」
 留年生組のミャン、ヒロミ、はじめも講義が終わったのか、部室にやって来た。
「……」
 留年生組が騒がしくカリンに話しかけるので、話は有耶無耶になったが、龍王寺はまだ何か物言いたそうだった。




 白髪の女性は記憶喪失ということもあり、しばらく狐塚家に居候することになった。
 美、ナナミと続き、めえの家がだんだん賑やかになっていく。
 白髪の女性は記憶が失われているものの、日常生活程度は問題無いようだった。
 羽紋を持っているということで、ねえを通じて、尾天結会に調べてもらったが、一切不明。
 まさに謎の人物ということだった。
 名前が無いと呼びにくいとのことで、その美しい白髪からシロとめえが命名した。
 めえ以外はペットみたいな名前で失礼だと反対したが、白髪の女性は気に入ってくれたようで、結局、名前はシロになった。 
 シロが狐塚の家に居候して二週間が過ぎた。
「それじゃあ、修行に行って来る」
「待って。めえも行く」
「えー……」
「二号! これは亭主の命令なり」
 めえは偉そうに美に言い放った。
 美はめえが付いて来ることに嫌そうな顔をした。
「私も付いて行きたいところだけど、大学行かないといけないし……」
 ナナミは美とめえを二人きりにするのはよろしくないと感じて困った。
 二人とも何かあったら暴走する癖がある。
「あの、私もいいですか?」
 めえと美が静かな戦いとしていると、シロも付いて行きたいと言って来た。
「……。まあ、めえと二人だけよりも、他に人がいるならいいか」
「なにそれ!」
 美はシロが来るなら修行に付いて来ることを良しとした。
「シロさん、めえちゃんは暴れることがあるので、よろしくお願いします」
「わかりました」
「ハッ! ナナミちゃん!?」
 シロがにっこり笑う。
 一方で、めえはショックを受けたようだった。
「それじゃあ、私は学校に行って来るね」
 ナナミはそう言って、一人大学に向かった。
「くぅ……めえは……めえは」
 めえはナナミもそんなことを思っていたのかとショックを受けていた。
「オラ、さっさと行くぞ」
「わ、わかってるもん!」
 美は先に歩き出し、俯いているめえを煽った。
「うふふ。どんなことをするんですかね?」
 シロがにこにことめえに話し掛けると、めえは何だか心が和んだ。

 三人がやって来たのは、山の中部で、木が生えていない草原のような場所だった。
「めえ、ここ知ってる! 小さい頃、よく花を摘んで遊んでた!」
 この山の所持者でもあるめえは、さすがこの山のことを知っていた。
「ここは〝気〟が集まりやすくて良いところだ」
「〝気〟?」
 美の言葉に、めえは首を傾げる。
「……。今まで何度も言って来ただろ? 忘れたのか?」
「めえ、わかんなーい」
「私もわかりません。何の話ですか?」
 めえの言葉にイラッとした美だったが、シロもわからないということで、少し説明する気になった。
「〝気〟は大気中に漂っているエネルギーのようなものだ。これを体に取り入れることで、身体能力を上昇さ

せたり、能力を使うことができるようになる。例えば、火だ」
 美はそう言って、大きく深呼吸をし、言葉を放った。
「〝燃えろ〟」
 美が真剣な眼差しでそう言うと、美の見ている方向に突如火が出現し、すぐに消失した。
「おおおおお!」
 めえは目をキラキラ輝かせた。
「すごい!」
 シロはポンと手を叩き、驚いた様子だった。
「ねぇねぇ! それどうやるの? 教えて教えて!」
 めえははしゃいで美に聞く。
「基礎ができれば誰でもできるようにはなるけど、基礎をモノにするまでが難しい。オレもまだ未熟だ」
 美は真剣な顔付きで言ったが、めえはうんうんと頷くだけで理解しているようには思えなかった。
 美は溜め息を吐いた。
「面白そう。私も教えてもらっていいですか?」
 シロも興味あるようだった。
「それじゃあ、まずは〝気〟の取り込み方を教えるから」
 美は二人に〝気〟を使うノウハウを教えることにした。





「カリン、この一カ月、何してたんや?」
「ノ―、教えられへん!」
 カリンは両手でバッテンを作って、テンリの質問攻めに抗議した。
「でも犬と分離できたのは良かったね」
「うんー、分離できたというか、体に飼っているというか……」
「「!?」」
 カリンのポロっと零した言葉に、コノハとテンリは固まった。
「え? 今、何て?」
「え? うち、何か変なこと言ったっけ?」
「体に飼ってるって……」
「あっ……」
 カリンが融合していたかつての動物達はすべて離したはずだった。
 しかし、今のカリンの発言からすると、再びカリンは動物と体を共有していることになる。
「~♪」
 カリンは口笛を吹いて誤魔化した。
「いや、バレバレやし……カリン、また変身体質に戻ったんか?」
 テンリがそう言って、カリンのほっぺたをつねる。
「いぎぎ……そう……みたいや……」
「まじか……」
 テンリが暗い表情になる。
 カリンの体質が戻ったということは、テンリの獣化させる体質も戻るかもしれない。
「いや、それが前とは少し違う体質になってな」
 カリンはそう言うと、顔が急に毛深くなり始めた。
「ちょっと、こんな街中でTFしたらヤバいやん! 建物の陰に」
 コノハは焦って、カリンと引き連れて人気の無いところに移動した。
「もう、ほんまにビックリするわ。TFは秘密主義やなかったん?」
「あー、確かに。忘れてたわ。あはは。それより見てや、うちの顔、何に見える?」
 カリンは期待の眼差しで二人を見る。
「ライ……オン?」
「うん、ライオンやね……あっ」
 ここでコノハは気付いた。
 カリンが融合している動物の姿に獣化できることは知っているので、あまり驚きは無い。
 しかし、これまではすべて♀の動物に限られていた。
 ところが今はどうだろう。
 立派なこのタテガミのライオンはどう見ても♂の姿である。
「雄のライオン……」
「せいかーい!」
 カリンが最近融合したのも雄犬だった。ということは……
「うち、雄の動物とも融合できるようになってん。店長曰く、これはすごいことで、今まで動物変身薬はメス

はメス、オスはオスしか変身でけへんかってんけど、うちの体質を調べることで、性転換出来る可能性が広が

るってことらしい。で、いろいろ検査されててん」
 なるほど、それで一ヶ月も拘束されていたのか。
 コノハは理由を理解した。
「この変身体質の変化は、うちらが太歳に触ったことが原因の可能性があるらしくて、コノハやテンリも体質

が変わった可能性があるみたいやで」
「う、嘘や!」
 テンリが眉根を顰めた。
 カリンの顔が人の顔に戻る。
「カリンがオスの動物と融合できるようになったってことは、私らもオスの動物に変身できたり、変身させた

りするんかなぁ」
 コノハが言った。
「うーん、その辺はうちはわからへんけど」
「それよりカリン、コノハは抗癌獣化剤打ってるけど、カリンは変身体質が戻っても大丈夫なん?」
 テンリが聞いた。
「うん。細胞が癌化する感じはないみたいやよ。その辺のことも徹底的に調べてもろたわ」
「いいなぁー、私、あんまり好きじゃないんだよね、あの薬……」
 コノハはカリンを羨んだ。
「もうちょっとの我慢やて。コノハの薬もどんどん改良されているみたいやし」
「そっかぁ」
 そういえば、三人で下校するのも久々なような気がした。
「あっ、すいません」
「いえいえ」
 人が多くなってくると、他人との接触する事故も多くなる。
 テンリが道行く人から首元に手を当てられていた。
「ん……何か首がムズムズするような……」
 テンリが言った。
「え? ……えぇっ!?」
「ど、どないしたん、コノハ?」
「だ、だって、テンリの首元に……獣毛が……」
「えっ!? う、嘘や……まさか……で、でも、この感じは変身熱に似てる……」
 首を中心として、テンリの体が突然獣化し始めた。
「このままじゃマズイ。人気のないところに行かな」
「そ、そうやね」
「ほほーう、テンリがTFとな」
「こら、カリン、変な目で見ない。アンタも来なさい」
「もち、付いて行くで~!」
 三人は急いで人気の無い方に走って行った。